赤い屋根瓦の合間から突き出た教会の尖塔、その先に見える水平線はバルト海。
フィンランドの首都ヘルシンキから高速船でわずか2時間弱のエストニアの首都タリン。
日帰りでも十分に楽しめるおとぎの国について書きとめておきたいと思う。
『Star』という名の豪華客船さながらの高速船のチケットを大事そうに握りしめて、これからはじまる小旅行へのワクワク感を募らせる。
バルト三国*(スカンジナビア半島とヨーロッパ大陸の間にあるバルト海の東側にある、北からエストニア・ラトビア・リトアニアの3つの国の総称)
バルト三国* の中で最北に位置するエストニアは北欧やロシア、ドイツの影響を受けながら、中世には地の利を生かし、タリンを中心に多くの商人が行き交ったそう。
石畳の細い路地をあてもなく歩けば、絵本のおとぎの国の世界に飛び込んだかのような愉快で活気あふれる中世のざわめきが聞こえてくる。
中世へ迷い込むように、石畳の小道をさまよう
全長わずか2.3kmの城壁に囲まれたタリンの旧市街には、中世の面影を残す路地が点在する。
南北に細長いタリンの旧市街は地図がなくても、迷わず歩けるコンパクトさが魅力。
おかげで筆者お得意のあてもなく歩く旅を思う存分楽しめるのだ。
ハンザ都市としての賑わいを彷彿させる大通りには、ギルドの建物やクレーンの付いた昔の商家が立ち並ぶ。
個性が散りばめられた小道には、いにしえのストーリーが秘められているようで、まるで旅人を異次元の世界へと迷わせているかのよう。
エストニア・タリンのグルメ事情を語らせて
グラスワインに至っては、ヨーロッパで飲めるコーヒーよりも安い、たったの3ユーロ…!
安かろう悪かろうなどということは決してなく、品質は良いながらも東欧の物価の安さを思わされた瞬間だった。
アートなカフェで気怠いレオナルド・ディカプリオ似の店主と
旧市街の路地をあてもなく歩いていた行き止まりに見つけた、Cafe兼アートギャラリー。
半地下にあるその場所は、まるで洞窟を思われる異空間に吸い寄せられるように中に入らずにはいられなかった。
レオナルド・ディカプリオ似の店主が「How are you, lady?」と少し気怠そうな笑顔を見せながらも、慣れた手つきで美味しいパンプキンラテを作ってくれた。
初秋を迎えた東欧の肌寒い朝にはピッタリのハートあたたまるドリンクだった。
忘れ難いレストランのせいで、危うく帰りの船便を逃しそうに…
珍しく渡航前から目星をつけていたレストランがある。
現地での食事も美食系バックパッカーには欠かせない楽しみのひとつである。
タリンで最も予約が取りづらいとされているレストラン「Rataskaevu 16」の姉妹店にあたるお店の予約が奇跡的に取れた。
旬の食材を余すことなく散りばめた、まるでアートのようなお皿。
サイドにそっと添えられた自家製のもっちりとした黒パンも、これだけで十分主役の座を張れるのではないかという美味しさだった。
全てのお皿に魔法がかかっていた。
大切な誰かと来るのに相応しい場所に一人で来るのが申し訳ないと思われるほど、素敵なレストラン。
お会計は、前菜のサラダ・黄金の人参とジンジャーのスープ・メインのサーモンのグリル、ワインまでいただいてたったの28ユーロだった。
サーブしてくれたウェイトレスの女の子は、終始ニッコニコの笑みを顔に讃えていて、丁寧で行き届いたサービスをしてもてなしてくれた。
こちらの要望も随所で尋ねてくれて、おしゃべりも距離感の取り方も最後まで心地よかった。
しっかりとセレクトしたコースを堪能したおかげで、またも船の乗船時間ギリギリになり、船着場までの経路を指し示すGoogleマップにも翻弄され続け、結果もっと余裕をみて出発しなかった自身の怠慢により最後の招かれざるお客となってしまった。
「You are the last!」という警告… 私は一度のみならず何度も受けており、それでも懲りない迷惑な旅人なのである。
しかしその度に現地の人のやさしさに触れ、結局また懲りずにやってしまうというループを延々と繰り返している学習能力に欠ける旅行者でもある。
旅人の愛する素朴な暮らし、ノスタルジックな景色がある
過去と現代が交差する街、
IT先進国としての異名
おとぎの国タリンにいると「IT先進国」としての異名を持つ側面を忘れてしまいそうだが、電子政府制度が発達し、全ての国民がIDによる電子投票や納税ができるようになるなど、エストニアは今や全世界から注目を集めるIT大国である。
かつてロシアやドイツなどの権力のある近隣国から侵略や支配の対象となっていた忘れ難い過去から、独立直後には電子政府を整備したという訳だ。
小さな国ではあるが、過去さまざまな国に支配されてきたからこそ、自分のアイデンティティや起源を大切にする民族意識を感じさせる政策が世界的に大きなインパクトをもたらしたのだ。
渡航前は、日本は随分と先進国だと思っていたが、意外と遅れをとっているのだなと感じざるを得なかった。
この国の人たちは独自の文化を守りながら、そして新旧織りなす時代の流れにも何度も影響を受けながらも、新しい時代を穏やかに迎え入れようとしている。
それでもここに来れば、中世のおとぎ街に会えるという安心感は変えがたく
歴史のうねりに巻き込まれながらも時代をかいくぐり、それでもなお中世の繁栄を今にとどめる現代に残されるべくして残された宝箱なのだと実感する。