誰にも好んで思い出したくない思い出のひとつやふたつはあるだろう。
ご多分にもれず、私にも大人になってからもそんな思い出がある。
どんどん自分が分からなくなった、カナダ留学の頃のこと…
なぜ?
自分で選択した未来なのに「なんで?」その理由を私がいちばん知りたがっていた。
その正体は、おそらく自分の準備不足と根っからの完璧主義が祟って起こったことなんだろう、と時間とともに語れるようになった。
人付き合いにおいては、「No.」ということが極めて苦手でこれまで事なかれ主義としてヘラヘラ笑って逃げてきたあらゆることのジャッジを一度に突きつけられたようで、自分の嫌なところをたくさん見たりした。
身体だけでなく、心もボロボロになり、終いにはパニック障害に似た症状を定期的に患うようになっていた。
真冬は体感マイナス30℃を超える凍てつく寒さにもかかわらず、毎朝ベッドの上で大量の汗をかき、過呼吸と発作で目覚める。
日々その繰り返しで、自律神経が失調しある日パタっと笑えなくなってしまった。
挫折のオンパレード。
多くを語らずとも、こう言えば分かる人にはわかってもらえるようになった。
弱い自分をまざまざと見るたびに恥ずかしくて逃げ出したくなった。
新卒から8年も勤めた出版社を振り切るように辞めて、みんなの前で行ってきます、と言った手前簡単には引き下がれない。
古巣のコンフォートゾーンから抜け出すように、生き急いで辞めるの間違ったのかな。
自分の選択と計画性の甘さを幾度も呪った。
この失敗から学んだことがあるとすれば、新しいことをはじめる時は、小さく出来る限りミニマムにはじめるということだった。
癒しの駆け込みカフェ、Balzac’s Coffee
そんな滞在中、ことあるごとに駆け込み寺として通いを私を癒してくれた、「Balzac’s Coffee」について最後に記しておきたい。
コーヒーを愛したフランスの小説家、バルザックに魅せられて生まれた“Balzac’s Coffee”。1997年以来、フェアトレードのオーガニックコーヒーとこだわりの焼き菓子を提供している。
自社でローストしたオリジナルコーヒーは日替わりで数種類取り揃え、格別の焼き菓子とともに私の荒んだ心を魅了してくれた。
滞在中、学校終わりにほぼ毎日通っては甘いお菓子で自分を甘やかした。
要領が悪くて、なかなか終わらない課題を抱えて、いつも一人の時は窓際に座って、吐息で白くなる窓から街行く人の往来を眺めては、自分はあれほど憧れたはずの場所にいるんだ、と必死で言い聞かせて目の前の現実を出来る限り肯定しようと努めた。
語学上達に役立てようとネイティブ同士の生の会話を必死で聞き耳を立てたのがなんと懐かしいこと…
もう二度と訪れたいとは思わないトロントも、「Balzac’s Coffee」にだけはまた行きたいと思う、我が儘も今では言える。
失敗から多くを学んで成長したから、毎日足繁く通ったカフェ代など余裕でお釣りがくると思うとカナダでの日々も自分の人生においては必然の出来事だったのかもしれない。
(つまらない理由で、大量に現金化してしまった余りあるカナダドルの紙幣は、その後旅のお小遣いとして都度精算している)